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「日本酒の温度」 人の味覚の「甘味」や「旨味」は40〜50度の温度帯で一番感じられると言われています。 冷たいままだと閉じていた味の花が、ふわーっと開くのです。 それを知ってか知らずか、古来日本の貴族たちは、純米酒を熱燗で飲んでいたとか。 そもそも、人体は冷たいアルコールを分解できない仕組みになっています。 冷酒の場合、体内で人肌にあたたまってから一気に胃腸がアルコールを吸収してしまい、酔い潰れる原因に。 お燗の場合は飲んですぐ分解が始まるので…体に優しく、だらだらゆるゆる。いつまでも。 そこにあたたかいお料理があれば、最高です。 本来の日本の貴族飲み。お試しあれ。 >ほかのコラムを読む    

「お酒の今昔物語」 日本で酒造りが始まったのは、稲作が伝来した弥生時代。 口噛み酒として神様にお供えしたのが始まりと言われています。 口噛み酒とは、米などの穀物を口に入れて噛んだものを容器に移し溜めたものを放置して作るお酒のこと。 古来日本では、酒作りは神に仕える巫女の仕事とされていました。 海外のワインとは違い、主食を原料に作るものだから原価が高く、室町時代までは貴族だけが飲める特別な飲み物だった純米酒。 江戸時代になってやっと、庶民にも浸透していきます。 戦前までは日中に汗をかく仕事が多く、肉体労働のあとに疲れを癒す甘いお酒が多く求められましたが、戦後の高度経済成長期からは、淡麗辛口がいいお酒。地酒ブームの到来となってきます。 純米酒をお燗にして飲むという、本来の日本の文化にも変化が訪れます。 今のお酒の幅広さ、神様はどう見ておられますのやら。 >ほかのコラムを読む  

店主が店主になる前のこと。 坂戸屋店主が、いったいどんな酒屋なのか それを語る上で欠かせないのが、取引先である蔵元さんや、料理人さんとの関係性。 今回はその中のいち蔵元さん、いち料理人さんを通しての、そんなお話を。 . . . . . 店主が店主になる前のこと。 一番最初に美味しいお酒の目利きを教えてもらった蔵元さんがいます。 そのとある蔵元さんとの出会いは、2000年。 大手ビール会社を退職し家業を継ぐにあたり、私はもう一度お酒の勉強をしたいと思っていました。 母の従兄弟は川崎酒造のもと社長。跡継ぎがなく2年前に廃業していましたが、その社長に紹介されたのが、この蔵元さん。 初めて行った時のことは今でも覚えています。 まだ右も左も分からない私を、いきなり質問攻めにする蔵元。 会社辞めてやっていけるの?経営状態は?ビールの構成比は何%なの?… 2時間ほど話し込みましたが質問になかなか答えることができず、挙句に違う酒屋さんを紹介され、初回訪問時は恥ずかしながら、目に涙を溜めて帰りました。 しかし後で聞くと蔵元は、紹介先の酒屋さんに「こういう奴が行くから慰めてやってくれ」とフォローしてくれていたんだとか。 それでも私は、これだけ厳しいことを言ってくれるということは、それだけ目をかけてくれているという事だと。 有り難くも、申し訳なくもあり…もう一度本気で勉強し直さないともう次は会えない。そのきっかけをくれたのがこの蔵元でした。 懲りずに何度も通ううち、こんな課題を出されました。 「1年間月に一回、酒の会をやってみなよ。季節の食材と酒を合わせて、こんな楽しい世界観をみつけたよ!どう?!というペアリングの会。それができたら取引をしてあげる。」 やり切りました。1年間。そして分かった事… 料理というのは、季節ごとに素材が変わる。メニューが変わればお酒も変わる。冷やで出していたお酒の温度を変えたらもっと面白い。頭では分かったつもりだったことが、だんだんと腑に落ちる感覚。料理があって、酒があるのだ。人と食べ物の間を取り持つのが酒なんだということ。 私の原点ができ、またそれをやり切ったことにより、信頼関係の作り方をも教えてもらった気がします。 今でも会うと熱く酒を語り合い、もうかれこれ23年のお付き合い。 感謝しかありません。 蔵元にひたすら育ててもらったからこそ、私は料理人さんと酒を語る時にはそのお店の出汁を持ってきてもらい、正直な話をします。23年前とリンクする今。 食文化の一部として、酒を扱う私がいます。 >ほかのコラムを読む  

お酒に、料理に、人に、どれだけ寄り添えるか 2015年、店主を覚醒させる出会いがありました。 その鮨職人さんはカブに乗って突然、日本酒「酉与右衛門」を買いに来たのです。 初回は特に名乗ることもなく、ごく自然に。 次に来店された時にお鮨屋さんだということが分かり、シャリの話を聞き、あ!お燗酒が合いそうだなと、イメージだけでセレクトしたお酒を送り込んだら大惨敗!ぜんぜん合ってないじゃん!外したなあと、反省しきり。 よし、これはもう、バチバチに酒と料理を合わせて行こう。 覚悟を決めた私は、お鮨屋さんの端っこに座り、お通し・おつまみ・シャリそして、それに合わせるお酒…ひたすらメモを取りました。他のお客さんへは「この人酒屋なんで気にしないで」なんて言われながら。 お店が終わったら、職人さんへ提案会。 あ、これ合うね。これは外した。繰り返し、何回も何回も。 高い、有名関係なし。鮨を推す酒なのかそうでないのかだけのシンプルな世界で、思ったことをちゃんと言おうと、二人とも正直者になりました。 一緒に蔵元さんへ行ったことで、どういう方がどういう想いで酒を作っているのかというストーリーを背負い、共有できた事も大きかった。 そうしていく中で、気づけば私たちの関係は、売る・買うの関係でなく、お客様を絶対笑顔にして帰す為にいつでもベストを尽くすという、お互いへの尊敬と、信頼で結ばれた関係になりました。 どれだけ大変でも本当に美味しいものを出して、喜びと納得の中で食事をし、酒を飲んでもらうか。その最初の一歩を踏み出す勇気を身につけた時、自分が覚醒していく感覚を覚えました。 売って終わりじゃない。お酒に、料理に、人に、どれだけ寄り添えるかを大切にする想いは、今の私を支えてくれています。 これからも自分の原点を大切に、一酒屋として邁進していきます。 >ほかのコラムを読む